東アジアの中の日本のこと~多様な学び実践研究フォーラムin九州⑤

海外交流

多様な学び実践研究 フォーラム in 九州

「国境を越えて共に学ぶ・つながる~東アジアの多様な学び」分科会報告の続き。

台湾・韓国に続いて、 日本からの報告は、朝倉景樹さん。東京にある「シューレ大学」というフリースクールから生まれた大学のスタッで、世界のオルタナティブ教育の研究をしています。

今回は、「東アジアの中の日本のこと」というテーマで話をしていただきました。


・東アジアの中でと考えたときに、フリースクールやオルタナティブ教育は最近という印象があると思うけど、日本のオルタナティブ教育の歴史は、ふりかえると長い。
 
大正時代の新教育運動。1930年代にはサマーヒルの本が翻訳されている。有名なのは、窓際のトットちゃんのトモエ学園や、自由学園など。そして、今の流れのフリースクールは、1980年代から。

・日本では、フリースクールというと、不登校と結び付けて考えられることが多いけれど、そもそもフリースクールって何だろう?

 フリースクールは、もともと不登校とつながっていたわけではない。不登校を経験した子どもを受け入れる場所は「居場所」と呼んでいたが、1990年代前半から、フリースクールと呼ばれるようになってきたし、そのように言うようにもなってきた。

・韓国や台湾では、オルタナティブスクールといえば、制度の学校とは違う学校、という意味合いで使われる。
 
フリースクールの世界大会では、韓国や台湾のオルタナティブスクールは「デモクラティックスクール」という言い方をすることが一般化しつつある。日本では、デモクラティックスクールというと、サドベリーですよね?と言われることが多いけれど、必ずしもそれだけではない。デモクラティックにやっている学校のこと。

・1993年、東京シューレの子どもたちとアメリカのフリースクールの子どもたちで交流をした。

その旅の中で、お互いの自己紹介をし合う。日本のスクールも、アメリカのスクールも、運営の方法とか、ミーティングがあったりとか、すごく共通する。やっぱりフリースクールだよね、という話になる。 

その自己紹介のときに、日本の子どもたちからは、不登校の経験が出てくる。「私は小学校から不登校です・・」などと言うと、アメリカの子どもたちは「東京シューレという学校に行っているのに、なぜ不登校なの?」と不思議がる。スクールに通っているのに不登校だということが理解できない。

・日本の不登校問題について。1980年代に精神科医が「登校拒否」を問題提起し、それが社会問題化。

登校拒否は病気かどうかという大議論があった。その後、「日本の不登校は病気ではない」、という見解に。

・欧米では、不安神経症の1つとして、学校恐怖症という病気が存在している。しかし日本では、それを否定しているわけではなく、対象にしている子どもたちが違う、ということ。学習指導要領に基づいた学校に合わない子どもがいる、ということを、社会が問題としている、ということが整理できる。

・戦後の日本の教育は、ストライクゾーンが狭い。

 戦後民主化教育の時代には、面白い実践がたくさんあった。その時期に学習指導要領が出るが、「試案」だった。つまり、参考。この通りにやるのではなく、ガイドラインですよ、というものだった。ところがその後、それが従わなければならないものに変わった。

そのあともいろいろと変化がある。先生たちも変わる。70年代頃までは、教員として専門のトレーニングを受けていない人も教員をしていたので、教員にも幅があった。

しかし、それ以降は、教員養成大学でトレーニングを受けて資格を持った人だけが教員になる。正規のトレーニングを受けた先生が、学習指導要領どおりに授業をするようになった。授業の幅も、狭いものになった。

学校現場も変わってくる。業者テスト、算数セット、絵の具セット・・・。教科書も数社のものだけになった。日本全国どこでも、みんな同じ条件でやることになった。

学校のあり方は、狭く、きちんとなってきたけれど、子ども自体は人間なので十人十色。だから、入れ物に合わない子が出てきた。その合わない子には「問題の子」というまなざしが向けられるようになった。

・今は、不登校は個人病理とは言わなくなったし、誰にでも起こることだと言うようになった。ところが、今も学校に行くのは当たり前だと言われる。学校に行くのは当然とほとんどの子は思っている。だから、がんばって行っている。

でも、不登校になったら、「行かなくてもいい」ということを知識としては知っているし、「行かなくてもいい」と言われる。じゃあ、「なんで行かなくていいの?」となる。

子どもたちは、社会がどう見てるか気になるし、気にしている。「みんなが登校できるのに、行かなくてもいいと言われる私は、いったい何者?」と思ってしまう。社会が、不登校の子どもを、弱い・繊細な子どもと見ているんじゃないか?というまなざしを感じる子がすごく多い。そこからの自己否定感。

日本の学校には1つのメニューしかなく、狭い幅でやっているので、仮にすごくいい内容だとしても、そこに当てはまらないといけないということは、過酷なこと。そこに当てはまらない人は「自分は弱い」と思わなければいけない。それが日本の不登校。

・韓国や台湾には、複数のメニューがある。一般の学校に合わなければ、実験教育や代案学校に「転校する」という発想。だから、「不登校」というアイデンティティはない。日本では、「不登校になったからフリースクールにたどり着いた」という感覚が多い。だから、自分は弱い人間だと思っている。

・東アジアで共通しているのは、厳しい受験競争。受験競争の批判としてのオルタナティブ教育というのがある。では、なぜ学歴信仰や受験戦争があるのか?これは、インドやベトナムなど、他のアジアの国にもある。

「日台韓は、入試にコストをかけていない国。つまり、入試をやる側がコストを払っていない。1回の試験をやって点数で決めるのは、選ぶ側にはコストがかからない。その代わり、教育費や受験勉強など、子どもや親にものすごく負担がかかっている。

欧米では、入試に専属のスタッフを雇い、レポートを複数で議論して決めている。選考にものすごく時間とお金をかけている。

・世界の中で今は少数で立場が弱いオルタナティブ教育が、つながり合って情報交換しようということで、1993年からIDEC(International Democratic Education Conference)という世界大会を開いている。毎年、やりたいところが手を挙げている。2000年には初めて日本で開いた。

アジアの方もたくさん来るようになって、アジア太平洋地域ではAPDEC(Asia Pasific Democratic Education Conference)という地域大会が始まった。

こういう大会には、いろんな立場の人来ている。やっぱりつながりあうことで、抑圧感みたいなものから楽になったという人もいる。将来までぜんぶ決まっている、みたいなこと。そういうものから解放されたという参加者もいる。

・よその社会を知ると、自分の社会で当然と思っていることが、当然ではないことが見えてくる。相対化ができる。お互いのやり方を参考にできることもいろいろある。

例えば、日本では、学校に行っていない小中学生のうち、フリースクールに通っている子どもは1万人くらい。大半はホームエデュケーションというか家にいる。国の支援は何もない。

台湾が一番進んでいる。ホームデュケーションの家庭に、支援金が出る。ニュージーランドも。グループホームデュケーションという概念があったり。

韓国・ソウル市では、フリースクールが行政と連携して、フルタイムスタッフ2人分の人件費が保証される。また、公立高校から認可されていない高校に、1年間の内地留学ができる「オデッセイスクール」という制度がある。オルタナティブスクールに入ってしまうと入試に対応できないのでは、という親もいるので、1年だけ体験できるというのはメリットだと考えられている。

ここ福岡も、行政がフリースクールに補助金を出すという先進県。先進地福岡で、関心のある方は動かれると、日本の中での先進になる。

・多様な学びに今後必要になるもの。「自分を中心に、自分が学びを作っていっていい」、という考え自体が、日本社会の中でまだ広まっていない。その自分を中心にした自分の学びをやる人と、その人のやりたい学びに応えて対話をしてくれる人たちが必要。

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